2009-09-29

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久々にショーケンが観れます

すみません、油断してました。
中野裕之監督作品「TAJOMARU」にショーケン(萩原健一)がスクリーン復帰したようです。(9月12日公開)
映画「TAJOMARU」オフィシャルサイト

男色家という設定の足利義政を怪演した萩原健一。2004年にプロデューサー恐喝未遂事件で逮捕されたショーケンにとって、『天使の牙B.T.A.』(03)以来となる映画復帰作だ。
http://www.cyzo.com/2009/09/post_2727.html
 2003年以来だから、6年ぶりってことになりますね。
そして「男色家」って設定が濃すぎでいいじゃないですか(笑
足利義政を演じるために瀬戸内寂聴に髪を剃ってもらった萩原健一は、初共演となる小栗旬のことをこう評している。
「自分の出番の前に現場を視察したとき、わざわざ私のところまで来て、深々と頭を下げ、あいさつと握手をしてくれました。そのすぐ後に一緒にお茶を飲んだとき、私のほうからハリウッドに挑戦することを勧めました」
http://www.cyzo.com/2009/09/post_2727.html

小栗旬は期待しないで観た、「クローズZERO」でキチンした演技が出来てたので、今後楽しみな俳優ですね。
これをキッカケに完全復帰して欲しいです、ショーケン。




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とりえず近況報告など

最近はTwitterログの垂れ流しでちょいとたるんでると反省。
ちょこちょこっとでも書いていこうと反省。
下書きの中の中途半端な文章たちに対して反省。

先週土曜日は、ひとまわり下の義弟の結婚式でした。
嫁ぎ先(?)は、ちょっと大きな事業してたりするんで、ちょっと大きな結婚式。
そんな私は微妙な立場だったりで無駄にあたふたしてたりして、ちょっと疲労困憊。
義弟の友達にプロのカメラマンがいるんでメインは彼に任せて、私は好き勝手に結婚式に直接関係の無いものばかり撮ってた。

しかし涙腺の締りが無いのは寄る年波なのでしょうね。
こんなんじゃ、娘の結婚式でどうなることかと心配でしょうがない。
涙腺ってウェイトトレーニングとかすれば鍛えれるもの?

2009-09-17

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タイトル

おろしたてのBODYWILD 3D-B 立体成型メンズボクサーパンツの様になんだか、どうもしっくりこないので前のブログタイトルに戻しました。
よろしくお願いします。

2009-09-16

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口ほどにもないやつがっ!!!

前のブログで、あおいちゃんに散々グラついてた野郎が、急転直下の勢いでキャノンに鞍替えしてしまった。これ如何に。

9月20日に娘の運動会があるんだが、別に所有のOLYMPUS 570UZで事足りるんで、あせってもいなかったんだが、物欲モードが過敏反応し、誤作動を起こしてしまったようで。
こんな時とばかりに、親のかたきが如くに背中を押す輩も多数いたりするし、結局、近所のキタムラくんに逢いにいったのが、決定的となってしまった。幸い、所有の2台を里親に出さずに済んだことは救いだ。

Canon デジタル一眼レフカメラ EOS Kiss X2 ダブルズームキット KISSX2-WKIT


・ISO16000で十分です
・ライブビューの使用頻度は少ないです
・動画は必要ないです

以上の理由で X-Ⅲではなく、X-Ⅱにしてその分、レンズに廻そうかなと。

Canon EFレンズ EF50mm F1.8 II 単焦点レンズ 標準

F1.8で1万円弱だもの。

DSCF0212
 DSCF0213

とりあえず、太めレザーのストラップ探して、スタッズでも打ってみようかと思案中(笑

購入後に他社の同クラスおよび、最新モデルのカタログは見たりしない方が良い。今日の教訓。

2009-09-08

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心理学上でネクタイは男性器の象徴とのこと。
男性がネクタイをいじっているときは、不安の表れだとか。

2005年に環境省が中心に始めたクール・ビズでは、環境に配慮する活動の一環として、夏場の軽装(ノーネクタイ・ノージャケット)キャンペーンが推進され、今ではそれが定着したと思う。
最近「草食系男子」なる言葉を、よく目にするようになった。

以下、草食系 - Wikipedia 引用。

定義
草食系男子の定義は論者によって異なる。深澤は「草食男子」を「恋愛やセックスに『縁がない』わけではないのに『積極的』ではない、『肉』欲に淡々とした『草食男子』」と定義した[1]。森岡は「草食系男子」を「新世代の優しい男性のことで、異性をがつがつと求める肉食系ではない。異性と肩を並べて優しく草を食べることを願う草食系の男性のこと」と定義した[2]。牛窪の定義は深澤の『平成男子図鑑』の論旨とほぼ同様[3][4]。森岡はその後「草食系男子とは、心が優しく、男らしさに縛られておらず、恋愛にガツガツせず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子のこと」と再定義した[5]。
 男性がネクタイをしなくなったら、草食系男子なるものが発生し、それはもてはやされる。ただ、なんとなくそんな気がした。

それはきっと、和式トイレの洋式化が進む事と比例して、大相撲で日本人横綱の不在に拍車をかけるってことと同じぐらいのことでしかない。

2009-09-07

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先日、夕餉の食卓で隣に座っている、義理祖母に突然「男の人なのに綺麗な手してるね」と言われ、食卓の上に何気に置いていた右手を恥ずかしくて、思わず引っ込めてしまった。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに 笑 」って言われ、恐縮しきり。

若かりし日の、恥ずかしい痕跡が多々残っている手なんぞ、今更であるが後悔極まりない、これ恥ずべき一部分でしかないと思っているからだ。
実は、昔から手の綺麗な男性に憧れていたので、正直色々と複雑な気分になった。ただ誤解を招くので先に断っておくが、私はドノーマルである。
これは確かな事実だ。

高校時分にバイトしてた先の店長が、そんな魅力的な綺麗な手を持つ人物であった。綺麗な手を持つ男性=生活感が無いことが、魅力的な一因だと思っていたが、ある日、タバコを挟む右手の薬指にバンドエイドが巻いてある事に気づき、「綺麗な手を持つ男性=生活感が無いことが魅力的」な訳で無く、むしろ生活感を垣間見ることで、その魅力が倍増するものだと悟った。

そんな思いを抱くきっかけになった、手の綺麗な男性(男優)がいる。
田口トモロヲ - Wikipedia だ。

その昔、無駄なエネルギーを発する思春期な男性諸君のいわば聖地とも言える自動販売機で、書店には、到底並ばない三流エロ雑誌で漫画家として生計を立てていたこともあったらしい。
この三流エロ雑誌には、自動販売機特有ともいえる当たり外れが甚だしく、男として半ば強引に元を取った後、やり場に困る代物であったが、逆にそんな雑誌の性質であるがためか、表現の自由度が広く、前衛的なものも多く存在し、隠れた名作が発掘されることもしばしばあり、個人的に違う意味で楽しむ事が出来た。
後に知人に教えてもらって知ったことだが、本名名義の田口智朗もそんな作品のひとつであった。そして蛭子能収もその類。

'80年代のインディーズブームの際、「ばちかぶり」というバンドでヴォーカルをしていて、ステージ上で嘔吐、脱糞などでライブハウスで出入り禁止やらで、当時話題になっていた。なんでも家で新聞紙を敷いて脱糞のタイミングの練習をしていたとか、努力家である。
ばちかぶり - Wikipedia

 
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そんな彼のステージ映像を見た際、音楽的にまったく興味は湧かなかったが、そのマイクを持つ手が綺麗で印象的だった。とても魅力的だった。
どれほど印象的であったか、後日違う映像を見ることで、それは確かなものになった。
当時、ビデオレンタルショップに勤めていた友人が、お勧めだとか言って何本か定期的にビデオを届けてくれてた時期がある。
その中の一本で、後に連続誘拐殺人事件の犯人が、自室にコレクションの一部として有名になったシリーズものがあった。
当時、唯一?の国産のスプラッターものとしてシリーズ化されていたが、前述の事件により '85年頃には姿を消した。
大した興味も無く、ダラダラと流し観していたが、ある場面で手だけが画面に映し出されただけで、彼が出演していることを判断できた。

それとあと一本。
友人が、麻雀の負け分と半ば強引に交換条件として置いていった、小林ひとみのいわゆる裏モノ。
なんで樹まりこじゃねぇんだよと悪態をつきながらも、既に用意周到な状態で早送り必死で観ていたときも、相手男優の手だけで彼であることを判断できた。
'89年公開、塚本晋也監督作品 鉄男 - Wikipedia を観てあらためて彼のファン
になった。「暴力」と「痛み」、そして「エロチシズム」が融合した映画。
彼の魅力的な手と、モノクロ映像が「エロチシズム」を際立たせているように思った。

かつては、NHKで放送されていたプロジェクトXのナレーター、そして今や日本映画には、必要不可欠な存在とも言える名脇役になった。

そしてこのCM。娘を持つ父親には、レフリーの制止を振り切ってパウンドを打ち込まれる、そんな反則行為的なCMだ。

 
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2009-09-04

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イモト(空目)にドングリを見つけられて

10年ほど前までは、「車」はライフスタイルの一部だった。
丁度、2度目の結婚とともに取り巻く環境の変化によって、そのライフスタイルと言う言葉自体を忘れることにした。

「車」に対する思いも、心の奥底ブラジルに届かんばかりの穴を掘って、埋めた。大きな石(意思)を乗せて更にその上に土をかぶせてやった。
ただ、将来余裕が出たときのために、目印のドングリをその上に乗せておいた。

前のブログでも散々「車」について書いたが、逆に書けない車がある。
あえて避けている「車」がある。厳密には自動車メーカーか。
前のブログでもずっと下書きに入りっぱなしだった。
腐る前にと何度目かの蔵出し。

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アルファ・ロメオ - Wikipedia 

そう腐ってもアルファ。
フェラーリの創設者であるエンツォ・フェラーリは、1920年代から1930年代にかけて、アルファ・ロメオのレース部門のドライバーであった。後にエンツォ・フェラーリは独立してフェラーリ社を設立した。後年、彼は自分の名を冠した車でアルファ・ロメオ車に勝利したとき、「私は自分の母親を殺してしまった」という複雑な感慨を周囲に漏らしたというエピソードは有名。

日石 ダッシュレーサー100 CM「~すぅぱぁー ひゃくぅっ~」でちょっと有名になったジュリア・スーパー。

 
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私にとってアルファ・ロメオは、いち自動車メーカーとして括ることは出来ないし、形容し難いし、旨い言葉も見つからない。
実際に乗ってみて、何かを感じ、何らかの影響を受けたってことで、それは今でもアルファ・ロメオという自動車メーカーを好きだと言うことは、確かなこと。
よって、この際思い入れやらウンチクについては割愛ってことで。笑

この間、そんなアルファ・ロメオに目印のドングリを見つけられた。
フィアット、150台限定の「アルファロメオ ミト“イモラ”リミテッド エディション」
 
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1.4リッターに 18インチなんか履かせたらバタバタするだろうな。って左唇の端をあげて思わずニヤリ。「コルサ イエロー」なんか、街中じゃ目立ってしょうがないじゃないか。って右唇の端をちょいとあげてニヤリ。とニヤリ顔は続く。

初恋から20年来思い続けている相手(彼女)は、同い年のアルファロメオ ジュリア クーペGT1300 ジュニアちゃん。
出来ることなら、そんな彼女と余生をともにしたいを願ってる。
最近その気持ちはとみに止まない。彼女の写真はあえて載せない。切なくなるから。

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ちょっと反省してサンダルで垂直とびを 60cm以上飛べるよう練習してくることにする。
そんな収集がつかない気分。

2009-09-02

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狭い日本でサマータイム・ブルース

さっぱり冴えない太陽の日差しに悪態をついていたら、なんだかもう朝方はすっかり寒くて、子供たちにタオルケットを取り上げられ、足蹴にされるんで丸くなって、夜明けを待っているお父さんはちょっぴりおセンチ、そんな季節。

流石に泳げない私でも、海に大して行けなかったことを後悔してみたり、「後悔」って漢字はこうかい?などと言ってはみたものの、それが後悔を助長する結果だったりで、秋口はなにかとおセンチな季節。

そんな、おセンチなこんな時期は感受性が無駄に高かったころ、盛んに好き好んで観ていた映画を思い出す。
厳密には映画のジャンルって言うべきか。

「アメリカングラフティ」、「グリース」、「ビッグ・ウエンズデイ」とか、「アウトサイダー」などのいわゆる青春モノ。

当時、オールディーズな音楽にどっぷりとはまってしまうきっかけになったのも、アメリカングラフティのサントラ盤。

アメリカのハチャメチャで青春万歳な若者にひたすら憧れていた。
しかし悲しいかな、憧れは憧れであり、玄関で靴を脱いでる時点で否が応でも現実を知らされ、その時点で一時間費やしたリーゼントなんて、てんでなってないものになってしまうのもコレ現実。

特に好きだったのは、グローイング・アップ - Wikipediaシリーズ。
グローイング・アップ [DVD]


このシリーズのサントラ盤も、当時カセットテープが擦り切れてしまうぐらい聴いてた思い出がある。

そして色々な意味で思い入れが一番あるのが、番外編である「グローイング・アップ ラスト・バージン」。
設定が '80年代に変更され、憧れに対する距離感が縮んだと思い込んでしまった作品で、番外編ってことでなのか、主人公のベンジーが、ゲイリーに、そして他の二人の名前も変更されてる。

 
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'80年代設定ってことなので、音楽もごりごりのオールディーズを使用していない。
この辺も好きなトコ。

冒頭のシーンで「De Do Do Do, De Da Da Da (The Police)」が流れ、

 
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「OH NO( THE COMMODORES)」で涙を誘います。

 
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今でも聴くと「パブロフの犬」状態で涙してしまうのは内緒。

思い入れの一番の決め手は、なんたらロードショーだか、なんたら洋画劇場で、TV放映されたときの吹き替え。
通常、吹き替えガッカリ度数は、昨今の携帯電話の普及率と同レベルまたは、それを上回るほどであるが、本作では見事に裏切られた。

所属事務所が、当時テンパっていたかどうかは定かではないが、ヒロイン役(カレン?)の吹き替えが、キョンキョン(小泉今日子)だった。
何の根拠や伝などあるわけでもなく、将来キョンキョンと結婚することをマニフェストとしていた若き日の私にとっちゃ、気分はいわば「素敵なラブリーボーイ」状態。

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当時、グローイング・アップシリーズは、モンモン指数が基準値を超え、疾病の存在が明らかであるか、精密検査などで医療機関を受診する必要があるぐらいの思春期男子諸君には、今晩のおかずの事欠かないほどまたは、期待を裏切らないシーンがてんこ盛りであった。
本作でも、それは同様でサブタイトルの「ラスト・ヴァージン」が示す対象はヒロインにあり、それは吹き替えであるにもかかわらず、連日連夜、暴飲暴食に駆られたものである。

おまけ。初体験/リッジモント・ハイ - Wikipedia
フィービー・ケイツ様様な作品。

 
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若き日のショーン・ペンが良い。

後の作品、ミスティック・リバーで娘に対して厳しい父親役ってのも繋がってるようで、なんだか好いな。ちなみに本作品は、ニコラス・コッポラ(ニコラス・ケイジ)のデビュー作だったり。

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この時期は毎年なんだか気分的に色々と弱いな。
今晩、飼い猫にでも弱音を吐いてみよう。