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2011-05-22

知恵熱

寥寥とした更地を掻き分けるように通る一本道を自動車で走っている。

所所に、人たちの生活が瓦礫となって、盛り塩のように積み上げられている。
助手席(となり)には、小学四年生当時、これといって特段そのような魅力があったわけではなかったが、クラスから絶大な人気があったマサヒサくんが薄く座っている。

床から生えたアクセルを踏んで、ただただ真っ直ぐに北へ向かっていると、外の景色がぐらりたわんでひしゃげた。
自動車を道のなるたけ端に寄せて停めると、地面がぐらりぐらり揺れているので、すぐに地震だと知った。

記憶に新しい経験(こと)から、マサヒサくんに「もう、すぐに、津波が押し寄せてくるだろうから、高台に逃げましょう」と目をやった向こうに、空に二十メートルぐらい伸びた、一辺が三メートルほどの角柱が見える。こちらに向いた面には、縄梯子が左から右にひょうひょうと心細く揺れていて、天辺に赤赤と小さく神社が建っている。走れば三分の距離の様子だ。

「さあ早く、津波が来ます、さあ早く」と自動車のドアを開ける。
「いえいえ、ボクはここにこうしていることにしますよ」とマサヒサくんは云う。
「どうして、どうして、さあ、さあ」と急かすと、「ボクは高所恐怖症で、おまけに泳げないカナヅチだから、こうしていますよ」さも落ち着き払った様で云う。
「いや、いや、大丈夫です、大丈夫です、私が手を引くので、あなたは目をつぶっていればいい、さあ、早く早く」と助手席へまわりドアを開けて、マサヒサくんの左腕をむんずと掴んで外へ引っ張る。足元で水の音を聞いた。
「だって、ボクは高所恐怖症で泳げないカナヅチなのですよ」と辟易しながらも、左足首まで水に浸した。

ゆらりゆらり蠢いている地面をばしゃばしゃ音を立てて進んでゆくと、「ササキさんの首のところに、金属クリップが生えていますよ」半歩後ろでマサヒサくんが、平坦な口調で云う。咄嗟に右手を襟足あたりから下に滑らせた先、ちょうど背骨がぽこりと隆起したところに、吹き出物であるようなイボであるようなモノに指先が当たった。人差し指でそっと触れると、身体とつながったところがすぼまっていて5mm球体ぐらいのぐすべりの実みたいなモノが、ぐらぐらと揺れている感じだった。痛みや不快感はなかったのだけれど、マサヒサくんが「金属クリップ」と云うのでこれ、すら恐ろしい心持ちになった。

「これ、ですか」と云うと、「それです、それ」「引っ張ってみましょうかね、とりあえず」とつまみ上げたことを感じた。
「えっ」と振り向こうとしたら、いつの間にか赤橙色したぴたぴたした全身スーツを身に着けている。若干肌色が透けて見えた。恥ずかしくなりだして、とりあえず、両手で股間を覆った。
「じゃ、いきますよ」。
マサヒサくんは、つまんだ金属クリップを引っ張った、みたいに感じた。
背中を金属クリップが繋いでいるらしい感覚。
その継ぎ目に沿って、勢いよくタテに裂けて、尻の割れ目の始まりのところで止った、みたいに感じた。
「むきだしですよ、ササキさん、なんだか、むきだしです」。
むきだしになったらしい微微細細な神経のありとあらゆる部位が、しだいにちくちくと痛み出し、関節のフシブシはぎしぎしだした。

ゆらりゆらりしていた地面はぐらりぐらり大きく揺れはじめる────


────「オーズだよ、オーズ」と彼女に身体をぐらりぐらり揺すられて目を覚ました、日曜の朝八時。
「さっき、うーんうーん、唸って(寝て)たよ、パパ」
ふふんと鼻を鳴らして彼女は笑った。

子供らと球技遊びなどに精を出した結果の表れか、昨日の今日で筋肉が痛み出すなどまだまだ若い身体じゃないか、などと思ってはみたものの、なかなかどうして若いらしい身体はまったくもって云う事を利かずに、関節のフシブシが不平不満をもらした。

細君と彼女が買い物に出かけ、彼がゲーム機のコントローラーを差し出すも、それを丁寧に断ってソファの上にごろりと力尽きた。
意識の水面で漂っていると、身体に入り込んだそれがしが、見る間に滲出しだしたらしく、ますますもって身体中が悲鳴を上げはじめる。
セキ、クシャミ、ハナミズ、ノドの痛みなどの諸症状は無く、発熱とそれによる関節の痛みなど。
取り急ぎ、被害状況を確認するためにと、わきの下にはさんだものが示した数値は、みごとにK点越えを記録したのを目にして、とりあえず、置き薬を飲んで床にひれふした、日曜の昼十二時。

 52401

結局、月曜は仕事を休み、布団の中でごろごろしていたのだけれど、いい加減ごろごろすることにも飽きて布団から抜け出し、腹から冷蔵庫が啼くような音を聞いて台所に向かうことにした。
冷蔵庫を開けて、手っ取り早く小腹を満たしてくれるであろう、五本パックものを探しあてる。

するすると一本引き抜き、ソファーに座って、赤い包装袋の開封口を勢いよく太ももに押し当てると中身が飛び出す。
中身を左手に持って、赤橙色した包装フィルムがケーシングされた金属クリップの根元を左犬歯ですこし噛み切る。
そのまま犬歯で金属クリップをくわえて、継ぎ目に沿って下(タテ)に裂く。
包装フィルムを左右に剥くと、肌色した中身はむきだしになって、ぷらぷらとおぼつかぬ様で揺れ動く。
足元で老猫がせわしくなくので、咀嚼したものを与えながら、ふたりして魚肉ソーセージをむしゃむしゃ食べた。

三本食べ終えて、魚肉ソーセージを食するための包装フィルムを剥ぎ取る作法は、ちょっとした私の特技だな、などと考えているうちに夕刻までどっぷりと寝てしまった。


今週のお題は「私のちょっとした特技」です。

2011-05-19

マツダさん

マツダさんは、品質管理部という部署の部長で、すこし以前(まえ)まで上司だった。

マツダさんは、取引先などからのしちめんどくさい電話には、「どうも」のイントネーションを使い分けて対応した。
「はい、お電話かわりました、マツダです」
「ああー、これはこれは、どうも、どうも」
「ええ、はい、それが どうも ですね...」
「はい、そうしているのですが、どうも...」
「ええ、どうも そのようなんですよ、なんだか どうも...」
「はい、そうしたいところなのですが、まったく どうも...」
「ええ、わかりました、それでは、はい、どうも、どうもお...」がちゃり。
前座をそつなくこなす老練なプロレスラーのような、どうもマスターだ。

マツダさんが、年頭行事として楽しみにしていることがあった。
毎年、マツダさんには、取引先から結構な量の年賀状が会社に届いた。
ある取引先は、マツダさんの部署名を数年来「寝室管理部」と記していた。
その年賀状を眺めながら、毎年決まって「東北訛りで入力しちゃうところに、郷土愛を感じるよなぁ」などと言い、「出来ることなら、年中、寝室を管理したいよなぁ」とうしゃしゃ笑う。
そんなマツダさんは、客先の外注管理課の担当者に宛てたメールに害虫管理課、在庫を雑魚などと記す、豪快な一面を持った人でもあった。

マツダさんと、先日、休憩時間に自動販売機の前で立ち話をした。
マツダさんは口の右端に煙草を咥えて、100円硬貨を投入すると「叩け、叩け、叩けぇぇー」と口ずさみながらボタンを押した後、缶コーヒーを取り出して見せると、「あ、どうも、微糖(尾藤)イサオです」と紫煙の奥で鷹揚に笑って言った。
老練などうもマスターは、そのスタンスを変えることなく現役な様子だった。

マツダさんは、缶コーヒーでひとつ喉を鳴らし、所在なげに足元に目を落とした。
「こうさ、暖かくなってくると、蟻の巣をいじめたくなるね、まったく どうも」
唐突に切り出しはじめるので、あわてて「ああ、そうですか」と辻斬りにでもあったみたいに答えた。
「ちっちゃい頃にさ、バクチクを蟻の巣穴に入れて爆破したことない?」
「ええ、ありますね」
「そうするとさ、蟻がわあわあわあわあ巣穴から這い出すよね、その光景を思い浮かべると、郷ひろみが歌ってた、あーちちあちっ(たぶんGOLDFINGER’99のこと)て曲が頭の中で自然と流れるよな」
「流れるんですか」
「マチュピチュって聞くと、「コンドルは飛んでゆく」が否応なしに自然と頭の中で流れるみたいなさ」
「否応なしにですか」
「そういえば、あーちちの元歌(原曲)歌ってた外人って、」
「あー、ええ、」
「自分はゲイですって、カミングスーンしたんだよな」
「カミングスーンですか」
「ワムの片割れもだよな、たしか」
「さすがにそれは、もうすぐ公開ってことじゃないですよね」
「やっぱり多いのかね、その業界ってさ」
「ヴィダルサ・スーンじゃなくて、正しくはヴィダル・サスーンなんですよね」
「えっ、オレ、今なん言(て)った?」
「カミングアウトのことですか」
「ああ、そうそうカミングアウトな、やっぱり多いのかね、その業界ってさ」
「多いんでしょうかね、どうもわかりませんね、どうも」


今週のお題は「大人になったと感じたとき」です。

2011-05-18

枯れる

どんなに膝を折り畳んでみたところで、膝小僧がハンドルをいたずらするようになりだして、いよいよもって、兄のお下がりの自転車の終焉が見えはじめた幼い頃。

母親に訴えるも、必死で土俵際で踏みとどまって見せるばかり。
仕様がなく、自身の身体よりはるかに大きい母親の自転車に跨って、タチコギで乗りはじめる。

近所のケンちゃんのお母さんに「サーカスに入れるんじゃない」なんて言われて、自慢げにペダルを漕ぎ出した先は 80cmほど落ち窪んだドブ川。
左半身どっぷりと泥に浸かって、泣きながら家に帰ると、ちょうど学校から帰ってきた兄が「あしゅら男爵みてぇーっ!」と腹を抱えて笑うものだから、ことさら大きな声で泣いたら、次の日ぴかぴかの自転車が届いた。

ぴかぴかの自転車に跨ると、地の果てまで走って行けるような衝動に駆られた。
その晩、母親が消防団の人達に、深々と何度も何度も繰り返し頭を下げていたことは、なんとなく記憶(おぼ)えている。

何度か躓くも、無事に自動車運転免許証と自動車(くるま)を手に入れた、たけた青年になりかけの頃。

残念ながら、自動車はぴかぴかではなかったけれど、出来るだけぴかぴかにして乗った。
フロントガラスの先に広がる景色は、いつもぴかぴかしていて地の果てまで走って行けるような衝動に駆られた。
気分は地の果てアルジェリアにアクセルを踏み込むも、ガソリンのエンプティランプが灯る現実に連れ戻された。

ガソリンを求めて走る道すがら、やたらと乱立していたり、点在していたり、はたまた落ちぶれて朽ち果てているガソリンスタンドを目にする。

地中深いところには、ガソリンがどろどろ湧き出していて、そうした場所(うえ)にガソリンスタンドを建てて商売をはじめる。地中のガソリンが豊富な場所にはガソリンスタンドが競って建ち並び、そうでもないところでは早い者勝ちで建てる、そうして地中のガソリンが枯れるともにガソリンスタンドは終焉を迎えるのだろう、などと、ガソリンの匂いがたゆたう漂う車の中で真剣に考えた。

ほどなくすると、円柱容器を後生大事に背負った節足動物みたいな巨きな車が乗り入れて来る。頭を器用に折り曲げて、ガソリンスタンドの出来るだけ隅のほうに申し訳なさそうに停まった。大儀そうに運転手が降りた。コンクリで固めた地面の蓋を開けて、巨きな車に備え付けられたホースを手繰り、「shall we ダンス?」と抱き寄せて地面に差し入れた。

トランペットのマウスピースから漏れたような声高の従業員が、薄青色した紙きれを風にぴらぴらさせて運転席側に立った。
小銭を集めるふりなどしながら、さも興味無さげな様を装って「あれは?」と短く聞いた。
寒空の下、腕まくりしている裾をさらに引き上げながら、「地下タンクへガソリンを補給しているアレのことですか?」と不自然な瞬きを数回見せた。
浅はか甚だしく無知なこと極まりない考え事は、容易く「アレのこと」として片付けられた。
「・・・はい、すみません、普段は早朝か、閉店後に済ませてしまうのですが、今日はこんな時間になってしまいました」と「アレのこと」に「ソレのこと」を補足するようにスタッカートぎみに続けた。

私は「ぁぁ、なるほどなるほど、ね」と小銭をつまんで、爪の間まで真っ黒な手に載せた。


今週のお題は「大人になったと感じたとき」です。

2011-04-22

今週のお題は「私の小さなこだわり」です

一昨昨日、今週末に車検満了となる車で、近所のカー用品店に向かった。

カウンターで対応したのが、偶然にも同級生だったため、あの日にこうしていたら、こうなってこうだったとか話してたら、なんだかお互いの自慢話みたいになってきたので「車検をお願いしたいのだが、どうだろうか」と何の脈略も無く切り出した。
「いま?」
「いまというわけでもないが、結構逼迫しているのだが」
「震災の影響で5月11日まで大丈夫だよ」
「おかげでここ数日の溜飲を下げることが出来たよ」と言った後、文化庁が発表した平成19年度「国語に関する世論調査」で間違った言い方「溜飲を晴らす」を使う人が26.1パーセントという結果を、ふと思い出した。
「車検をスムーズに通すためには、車検見積りが必要で、それには事前に車の状態を確認させてもらうことになるけど...」
「いいよ、してよ、いま?」
「...で、見積もりには、事前に予約が必要なんだけど...」

一昨日、車検の見積もりをする車で、あらためて近所のカー用品店に向かった。
カウンターに同級生の姿はなく、爬虫類顔したやせぎすな女性が対応してくれた。
車検の見積もりの予約票みたいな紙を差し出す。
「車検のお見積もりですね...」
「一昨昨日予約した者です」
「一時間ぐらいかかりますけど...」

奥のトイレで用を済まして、左向かいにある待合室に入る。入ってすぐの左側は漫画コミックを貼ったような壁があった。本棚をざっと見渡すと、一定方向に偏りがある漫画ばかりが並んでいた。「ビー・バップ・ハイスクール」「シャコタン・ブギ」「湾岸ミッドナイト」「湘南爆走族」「ろくでなしBLUES」、「バリバリ伝説」「頭文字D」。「クローズ」や「特攻の拓」あたりが無いところにある種の拘りと、正面にある大きなガラスの外の整備工場で、あくせくと動き回るオレンジ色のつなぎを着た従業員の過去を垣間見た気がした。

とりあえず、シエロシ羊介くんが主人公の漫画を読むことにする。
横須賀ハッスルジェット編は3巻?4巻?と記憶をたどって手を伸ばす。むぅぅぅ。1巻から並んでいるのだが、6、7巻あたりから怪しくなり、10巻以降であからさまに順不同になっている。むぅぅぅ。気づくと我慢できずに揃え直してしまっていた。

一息ついて、あらためて目当ての数巻を手にして、右手奥にある椅子に向かおうとしたら、下の方に「ろくでなしBLUES」の8巻から12巻までが目に入る。むぅぅぅ。ちょっと気になって、背丈をちょっと越えるほどの本棚をざっと見渡す。ちょうど対角線上、向かって左上あたりに1巻から7巻を発見した。むぅぅぅ。とりあえず、8巻以降ある場所に移動させようと思ったのだけれど、1巻から7巻を収納できるスペースは当然あるわけがない。むぅぅぅ。8巻以降が置いてある隣に「プレイボール(ちばあきお)」が、中途半端に歯抜けした状態で10冊ほど置いてあった。熱血不良青春漫画の隣に、熱血野球青春漫画をこのまま放置することも不憫な気がしたので、迷うことなく、フリッツ・フォン・エリックよろしくアイアンクローで移動させて、無事に「ろくでなしBLUES」も揃え直した。

ふと、しゃがみこんだ先で、縦に並ぶ本の列と本棚の仕切りの隙間で横になって、そっぽを向いている本を目にする。むぅぅぅ。迷子の本「ロンタイBABY」2巻を手にして立ち上がり、むぅぅぅと仲間を探し出して無事に送り届ける。

一歩下がってあらためて本棚全体を見てみたら、余計むぅぅぅとなってしまって、結局、見積もり完了のアナウンスを聞くまで本棚の整理をしていたことに気づいた。むぅぅぅ。

提示された見積書に「▲本棚整理費用」の記載は、当然見当たらない。