2009-12-11

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齢40の習い事


家の細君は、趣味で鍵盤叩いて歌っていたりするが、これ結構忙しい。
細君が忙しければ私もなにやら、これ当然忙しい。
ただ確かなのは、趣味という範疇は既に超えてしまっているということ。

先月、イベントが2つほどあった。*1
その1つ、とあるホテルでとある団体の祝賀会イベントがあった時のこと。

控え室で参加するメンバー(全て女性)が着替える事になり、半ば控え室から追い出された。
控え室から出て左右に小さな個室が並ぶ通路に沿って進むと、向かって右奥に2つのエレベーターが見えるフロアに出た。
タンスに備え付けた防虫剤の匂いを放出する黒い団体が、右から左に流れていた。
皆、体内アルコール血中濃度の高そうな顔色をしていて、その会話と態度は大きかったので殊更大きいホールが左奥にあることは想像できた。
左側2mほど先に壁に沿ってトイレの出入口が目隠し用の仕切りを挟んで見える。
そのトイレの出入り口を望むように真向かいに明かり取り用としてデザインされたスリットの入った壁があり、その壁伝いに背もたれが高くデザインされた椅子が2つ置いてあった。その 1つに腰を下ろして つくねんとしていた。

しばらくして、背にしているスリットの隙間から「今日、奥さん調子悪そうだね」と私に声をかけながら、空いている椅子に体格の良い男性が勢い良く腰をおろした。

イベントのマネージメントを引き受けている方だった。
ヴァイオリンを担当している方のお父様でヴァイオリン教室の先生だった。
お子さん方の年齢だけで判断すると 60歳代は超えているのだろう。
180cmを超える身長と、それにあわせた均整のとれた体格、表情豊かな端正な顔立ち、ジーンズを履きこなしていてカジュアルな装い。
残念なことにヘアスタイルもある意味カジュアルで、すでに頭頂部分の紅葉の見頃は終わっていて、その落ち葉は側面部分からモミアゲと顎のラインを繋いで鼻の下に集められて綺麗に刈られていた。
若く見えるが、それ以上に若く見えることは無かった。

細君の体調不良に関する話をひとしきりして唐突に会話は途切れた。
私は沈黙に我慢出来ず、「娘もヤマハ音楽教室に通ってるんで、息子にも何か楽器を習わせたいんですよねぇ」と出来るだけ当たり障りが無い話を、そっと呟くように吐き出した。
先生は「そうだねぇ...」大きくひとつ頷き、楽器や音楽に関する話を呼吸に合わせ、一気に吐き出すようにひと仕切り話した。
そして大事なことを忘れていたかのように、「えっ、◯◯君(私)は、楽器とか演らないの?」と胸の前でエアギターして見せた。厳密に言えば位置的にエアウクレレだ。
「中学、高校、成人になっても、ちょっとバンド組んで演ってたんですが、まったく...」
「えっ! じゃ、もっぱらコッチか?」と言って、マイクを握っているように空間を作った右手を、あんぐりと大きく開けている口の前にして見せた。
「えぇ...一応、もっぱらソッチです」。
傍で見聞きしてれば誤解しかねない危うい会話だったが、かざした右手を中心に頭を前後に振ってないことが、なによりの救いだったと思う。たぶん。
「これからだってね、決して遅くは無いよ」
「そうですかぁ、だってギターは「バラが咲いた」で挫折したクチですよぉ」、冗談混じりで言って負けじとエアギターをして見せた。
「いや、いや、コーラスを教えている◯◯先生知ってるだろ?◯◯会の。あの先生は50過ぎてからヴィオラ習いだしたんだから、全然遅かぁないよ」

いつの間にやら私の習い事の話になっているのに気づいたが、その事でわざわざ話を止める事も無かった。
「ヴィオラとか、オーヴォエがいいよ、演ってる男性は少ないんだ」先生は続けた。
「ヴィオラはね、ヴァイオリンに比べるとひと回りぐらい大きいから、そもそも男性向きといえるんだよ」
この時点でヴィオラというのは液晶テレビを指すものではなく、ヴァイオリンの仲間なのだという事が理解できた。小雪の笑顔が頭を過ぎった。

「その辺りの楽器(こと)は、全然分からなくて申し訳ないのですが、チェロってなんだかカッコいいっすよね」
「チェロ!!」イタリアの方が陽気に挨拶するような感じで言い放ち、「チェロもね、演ってる男性は意外と少ないんだ」スイッチを ON(いれ)てしまったようだった。「ヴァイオリンと比べると左手のポジションが楽なんだ。だから年を取っていても取っ付き易いと思うよ」、瞬きもしないで一気に言った後、思い出したようにあわてて瞼を必要以上に瞬かせた。
「左手のポジションですか?」
「そそそそ、左手のポジション」先生は何の迷いも無くすっくと立ち上がって、「ヴァイオリンの左手のポジションはこうだろ」とヴァイオリンのネック部分を包むように空間を作った左手を水平に指先を上にして見せた。
気づくと私も椅子から腰を上げて腕組みをしてしきりに頷いていた。
「チェロはこうだろ...」左手を縦にして「運指は縦と横、どちらがやりやすい」語尾をちょっと上げ、問いかけるようにネック部分があろう空間を保ったまま、左手の指をニギニギ動かした。
そして左手を縦横と変えてみせる度に「ほらっ」「ほらっ」と、託すように顎を前後させた。
「えっ!? えっ!? えっ!?...」私はあわてて左手に空間を作り、同じように縦と横のポジションを真似た。
指は自然にニギニギとしていた。
縦横とせわしなく左手を動かしながら、「どぉ?」と嬉しそうに先生はニギニギして言った。
「縦の方が楽でしょ。縦の方がポジション取りやすいし、当然運指もやりやすい。年を取ると横のポジションで運指は酷なんだよ」
「なるほど、なるほど...」左手を縦に横にニギニギしながら納得した。
しばらくの間、互いに向き合った状態で左手を縦に横に構えた格好のまま、音楽の話で盛り上がってしまった。
大の大人2人でトイレの前で肩の高さに左手をかざして、ニギニギしてたって事だ。ニギニギ。

その日は、ニギニギしながら習い事をして得した気分になった日だった。

芸術家と、そうでない者の明確な基準は設けられていないが、手首から先の造りが違うと言う事は確かなことだと思う。

 
D




2 件のコメント:

  1. kanakaさん、こんにちは コメント有難うございます :))

    お恥ずかしいお恥ずかしいお恥ずかしい、とても恥ずかしいので
    頬を赤らめ3回ほど書いてしまいました
    色々有難うございます

    私もkanakaさんのトコにお邪魔させて頂いております
    大変勉強させて頂いてます

    こちらこそ、これからも宜しくお願いします です

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  2. ブログでは初めて書き込みします。kanakaと申します^^
    自分がオーケストラのコンサートミストレスをしていたこともあり、弦楽器が総出演の今日のエントリ、とても楽しく拝読しました^^

    子どもの頃、オーケストラの構成を理解させるべく作られたレコード(時代を感じますよね^^;)で
    「はい、ヴァイオリンさんがお喋りしてます~」「チャラリラリ~♪」
    「ヴィオラさんが怒ってまぁす」「デロリロリ~♪」
    「おや、チャロさんが困ってますよぉ」「ビロリロリロリ~♪」
    みたいな内容を聞かされていたことを思い出しました。
    ビジュアル重視の現代(いま)なら、エアバヨリン、エアビヨラなんていうのも、なかなか子どもウケするんではないかと想像します。先生とのエアギタァも、なかなか楽しそうですね☆

    いつもsharon6qさんの美しい写真と、ゲージツ的ウィットに富んだエントリが拝読できるのを楽しみにしてます。ずっと読み逃げしてきてしまったので、勇気を出して書き込みしました。これからもエントリを楽しみにしてます^^

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