2010-11-13

過去に苛まれて

さきおととい、ちょっとした出来事があって、洗濯層の中に取り忘れた片方の靴下みたいな自己嫌悪に陥っていたとき、小学高学年の頃、近所の神社で友達二人と遊んだときのことを思い出した。

その友達の一人は、アキラくん(仮名)といった。

アキラくんは、食べるのが随分と遅くて、給食後の掃除時間も食べることに費やした。好き嫌いが多かったせいもあったが、そのときの担任は時間がかかっても最後まで食べさせた。教室の後ろに片付けられた机の隅で、空ろな目で咽び泣きながら、鼻をつまんで牛乳で流し込んでいた。
ドッヂボールのときは、きまって敵の第一投に当てられ、外野に出るとそれっきり戻ってくることはなかった。かくれんぼでは、隠れている間に存在を忘れられ、皆に帰られるなど、それはアキラくんにとっての日常だった。
アキラくん家の向かいの友達は、アキラくんのお母さんに、度々、アキラと遊んでちょうだいね、と嘆願されるように言われていた。それがもう一人の友達、タカシ(仮名)。


長い石段を上りきり、痛いぐらいの日差しを避けるようにして、神社の境内にタカシと腰を下ろし、蝉の鳴き声にあわせるように呼吸する肩をゆっくりと整えながら、アキラくんが上ってくるのを待った。

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(本文と画像は直接関係ありません)

しばらくそうしていると「あぁぁっ!!」、蝉の鳴き声に合いの手を入れるような、タカシの叫び声。
咄嗟に「どうした!?」と言って振り向くと、タカシが息を殺し、顎で指し示した神社の軒先、ちょうど右側後方あたりに直径三十cmほどの、白色彗星帝国のガトランティス本星 *1 みたいなのが見える。足の長さと、黒地に黄色のシマシマの重そうな尻を自慢するように、四、五匹、そのまわりを音を立てて飛んでいた。

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(本文と画像は関係ありません)

しばらく二人でぼんやりと眺めながら、私は「...でかいな」とのどの奥のほうでつぶやき、石段の上がり口に目をやった。つられてタカシも目を向けた。
アキラくんは、まだ上ってくる気配すらなかった。

何の気なしに足元に転がる小石を拾い上げ、タカシの背後から蜂の巣めがけて放った。小石はキレイな放物線を描いて、裏の竹やぶに蜂の羽音に似た音を残して消えた。タカシは体を一瞬ビクつかせ、「テメェー」という表情(かお)で振り返りながら、境内から飛び退き、腰をかがめて小石を拾い始めた。私も負けじと小石を集め始めた。二人、競うようにして、両手一杯、ポケット一杯に集めた。

その頃、アキラくんは未だ石段と格闘中のようだった。

ポケットから小石をヒョいとつまんで、かきいれどきの帳場めがけて投げる。標的は大きいが、それ以上に恐怖心が邪魔をしてことごとく外れた。二人して舌打ちしながら、リズミカルに投げているうちに恐怖心がしぼんだのか、「おしいっ!」という声があがるようなった。
目の端に全身で呼吸している、つきたてのお餅みたいなアキラくんが視界に入る。口中の水分がないことを、むき出しの前歯とその上の歯茎に張り付いた上唇がアピールしていた。やっとの思いで境内にたどり着いて、そこに音を立てて座り、肺の中の溜まった空気を一気に吐き出していた。
ほぼ同時に、タカシの放った小石が蜂の巣に命中した。
「おぉぉっ!!」という感嘆の声も、すぐに「あぁぁっ!!」という驚愕の声に変わった。ことわざ「蜂の巣をつつく」の意味を小学校高学年で体感した瞬間だった。
蜂の巣から一斉に黒い塊が飛び出した。咄嗟にタカシと私は後ろへ飛び退いて、様子を伺った先には、何も知らずに下をうつむいている、蒸しタオルみたいなアキラくん。
「アキラくぅーん!!逃げろ!逃げろぉー!!」タカシが絶叫するも、アキラくんは状況を把握出来ず、アメリカ横断ウルトラクイズで、早押しスイッチを押したときに表示されたような顔をコチラに向けた。「早く!早く!うえ!うえ!」と叫ぶ私。
攻撃的な無数の羽音に気づき、反射的に腰を上げたときには、既にアキラくんの頭上は、無数の蜂に囲まれていた。
汗で湿ったTシャツを脱いで振り回し、悲鳴とも絶叫ともつかない声をあげながら、神社脇の小道までタカシとアキラくんを引きずった。
しゃがみこんでいるアキラくんが、突然「いたたたたっ!」と言い出し、首のあたりに向けた手は、手のやり場に困るように虚空を舞った。目を凝らすと、首の後ろのあたりに赤い点々が見えた。「あつい!あつい!あついし、いたっいたたたたっいたい!いたたっいた!いたっいたっいたたたたた!」モールス信号のような叫び声を上げ、切れ長の目から、ビー玉大の涙がぼろぼろとあふれ出た。
必死になだめる私の傍らで、「蜂に刺されたときは、かあちゃんがいってたけど・・・」と語尾のあたりを意識して濁しながら、タカシが切羽詰った目顔で同意を求め、私は黙って首肯きながら立ち上がった。
襟足あたりで手のやり場に困っているアキラくんに、「アキラくん!手をどけて、そのまま動かないで!」私は半ば恫喝するように低く叫んだ。
共に汗して練習したかのように、タカシと私は無言でズボンとパンツを勢いよく下げ、そのモノを右手でつまみ上げ、左目を閉じて、慎重にアキラくんの襟足あたりに標準をあわせた。
頭の中で「さすらいの口笛(荒野の用心棒)」が流れはじめる。



頭をもたげている先に、無言の二人の靴が並ぶのを見て、アキラくんは不安に駆られて顔を上げるも、その光景を目にしてすぐに下を向き、「な!な!な!・・・っ!なんなの?なにする気なの?」地面を這い回る蟻に訴えるように言った。
「もしさ、蜂に刺されたときには、あわてないで刺されたところにションベンをかければ良いって、かあちゃんが言ってた。聞いたことがあるだろ?アッキ(アキラくんのこと)」とタカシ。片方の口の端が上がっているように見える。
なだめる様に「オレもさ、聞いたことがあるんだ。蜂に刺されたらションベンをかければ良いってさ」私も続けた。
「あぁっー!そういえば、うん、うん。保健の○○○先生も言っての聞いたことがあるよ。たしか。二年の○○○くんが、蜂に刺されたときに、塗ってもらっていた薬もおしっこの匂いがしたよ」アキラくんは涙声で一気に言い切った後、勢い良く鼻をすすった。
タカシが「・・・だろ」。目が笑っているようだった。
「よし!じゃ!!」右手でつまんでいるモノを構え直し、「じゃ、アキラくん、手はどけて」
アキラくんは、両手を肩幅ぐらいに開いて地面について、心持ち頭を突き出した。(参考:「orz」)
「タカシ、準備はいいか?」「いつでもいいよ・・・はやくしようぜ、アッキがかわいそうだ」と同情する言葉とは、裏腹な顔で言った。「じゃ、せぇーのぉー・・・」
ちゃ~らぁ~らぁ~ だばだばだっだばだばだっ~だばだばだぁ~ ちゃ~らぁ~らぁ~ だばだばだばっ だばたばだぁ~ ♪



タカシの放水が波打っている。必死に笑いを噛み殺しているからだ。

すっかり、だばだばだになったアキラくん。
なるべく、だばだばだになっていない、左のわきの下に手を差し入れて立たせ、「どぉ?大丈夫?痛い?」自身の匂いになるべく顔をしかめない様にしながら聞いた。
アキラくんは、カタルシスに浸っているようなだばだばな顔をあげ、目を見開き、「あっー!うん、痛くないかも。もしかすると痛くないかも。痛くないかもよ!」自身に言い聞かせるように、だばだばだと言い放った。
「ションベンは応急処置だから、帰って薬をつけたほうが良いよ」と出来るだけだばだばではない辺りに、不自然極まりない手を肩に添えた。
「うん、わかった。そうだね。とりあえず、家に帰って薬を塗ってくるよ。すぐに戻ってくるから待っててよ。絶対待っててよ」と蜂に刺されるために、苦労して上った石段をだばだばだと下っていった。その背中に向かって、「ちゃんと服も着替えたほうが良いよ!」と言うと、だばだばだな笑顔で左手をあげた。
タカシは、アキラくんの姿が見えなくなると一気に笑い転げた。
結局、その日、アキラくんは境内に戻ってこなかった。

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成人になってから、同窓会みたいな集まりの席で、県職員になっていたアキラくんに酒の勢いで謝罪した。アキラくんは、すっかり覚えていないと言って、あの時のだばだばな笑顔で持っていたコップにビールを注いでくれた。水割りを飲んでいたなんて言えなかった。
その時、遠くのテーブルで、タカシの笑い声が聞こえたときは、無性に腹が立った。

色々とすみませんでした。
長々とすみません。


*1:「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」の敵。より分かり易く説明すると「スターウォーズ」のデススターみたいな「蜂の巣」。そしてそれは決してわかりやすい表現ではない。




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